新・供述調書
つれづれなるままに綴られる・・・

夕暮れが近づいてくる

私の人生の〜♪

オランダツアーを振り返る
160831_IMG_1898.jpg



今回のオランダツアーは、カナダから戻り、数日でジャカルタツアー、戻って即の出発と、かなりバタバタしていた。
特に、時差2時間のジャカルタは、帰りの集合出発が現地時間朝4時(日本時間朝6時)で、帰国後2日後にまた朝6時集合(日本時間)とかだったので、時差ボケ持ちのメンバーたちにはかなりキツかっただろう。
そんな彼らを「ジェットラガーズ」と名付けよう(・∀・)

さて、成田から直行のKLM862便は、5年前にに利用したことがあったが、「こんなんだったっけ?」ってぐらい古い機材で、この旅の行く末の困難さを暗示していた気がするよ。今思えば。

現地に着いてみれば
「話が違うじゃん!!」
ってことが満載。

空港からホテルに向かう車が壊れていて、到着が3時間遅れたり、やっとたどり着いたホテルには、事前情報と違い、エアコンも冷蔵庫もなかったり。(気温30度越え)
ステージ周りには、あるはずの機材がなかったり、サウンドチェックを終えたら、本番を待たずしてPAのオペレーターが帰ってしまったり
「いつでも大丈夫です」というレストランが、ライブ後に食べに行ったらクローズしてて、夕食で路頭に迷ったりetc…

とにかく「これでもか!」ってぐらいトラブル続出。そのほとんどがヒューマンエラーによるものだった。(ホテルの件は、明らかにオフィシャルサイトが嘘だらけだったけど)

しかし、現地スタッフにはこれっぽっちも悪意があるわけでもなく、本当のことが嘘になってしまうのは、オランダという国の国民性?と思わざるを得ない展開の中、
「オランダは、そんな国じゃない!」
って思える出来事も満載。

初日の公演を、経験と技で何とか成功させ、唯一空いていたバーでディナーしていたら、いつものボーイさんが
「一つ聞きたい。皆んなが飲んでいる同じものを、もう1杯ずつ持ってきていいか?」(直訳)
ん?何だろうと思ってたら、このイベントに視察に来ていた別イベントののオーガナイザーが、是非ご馳走させて欲しいということだった。
程なくして現れた彼らは、
「今回は、色々大変な目に遭っていると聞いている。次はこんな思いはさせないから、是非我々のイベントに参加して貰えないだろうか?
オランダが『そんな国』だと思われるのは、とても不本意だ」


何と、次回のオファーだった。他にも幾つか、オファーがあったと聞いている。
もちろん、すべて快諾である。

このような「奇跡的な出会い」は他にもたくさんあった。
初日のステージで、AYAちゃんが通訳さんを交えて
「オランダのオススメはなんですか?」
と、お客さんに尋ねていたのだが、どうも通訳さんの訳が間違っていたらしく、それを指摘しようとした日本語堪能なお客さんが、AYAちゃんの勘違いで、なぜかステージに上げられてしまった。
それがきっかけで、そのオランダと日本のハーフ、ミハーリくんとすぐ仲良くなり、翌日にはなんと彼が通訳を務め、帰国日にはアムステルダム観光を案内してくれたり…
160829_IMG_2041.jpg


そういった「出会い」的な意味では、実り多き試練であった。

さて、オランダのお友達たちについてだが、人種はやはり多様だが、とにかくノリが良い。
ひとたび演奏がスタートすれば、皆思い思いに体を動かす。声を上げる。
メンバー紹介のギター&ベースコントには、腹を抱えて笑い転げる。
状況的には、とても「やりやすい」国だ。

今回はコスプレ中心のイベントだったのだが、半裸に近い人がかなり多い。
彼ら、彼女らは、自分の体型にみじんもコンプレックスがないのか、人々の60%が肥満、その半分は「超」肥満体だが、そんなことは意に介さす、惜しげも無く肌を晒す。
肥満率で言えば、アメリカやドイツに引けを取らないだろう。

人々はデカい(平均身長世界一)が、カラスは小さい。小ぶりな鳩ぐらいの大きさである。
ちなみに、鳩のサイズは日本と変わらないが、鳴き方のリズムがかなりの変拍子だった。
160831_IMG_1967.jpg




みなさん、母国語の他にも、英語が堪能。
2日目のライブで、ミハーリくんが通訳としてステージに上がってくれた時、見渡して「外国人が結構いる」というとっさの判断で、オランダ語ではなく、英語で通訳していた。

恥ずかしながらその時初めて知ったんだけど、「風車」は「windmill」って言うんだね。
なるほど、風で粉を挽くからか〜
160829_IMG_1872.jpg

まともに勉強してる人はともかく、片言の日本語をしゃべる人が結構いてビックリしたな。
さすが、江戸時代日本が交流していた唯一の国だけのことはある。

アムスのステーキハウスのおっちゃんも
「コンニチハ、ヨウコソ、アリガトウ」
などと、ありったけの日本語を使ってたし、空港のセキュリティスタッフも
「ニホンジン?サヨナラ、ニホンジン!!」
だって。

みんな、とにかくフレンドリーだったな〜

ライブでPAスタッフに聞いてみた。
「ここでは『シーケンサー・パート』を何て呼ぶの?」
「何でだい?:
「いや、ある国では『シーケンサー』、ある国では『バックトラック』と言わないと通じなかったから」
「僕たちは『シーケンス』って呼んでるよ」
「おお!日本と同じだ」


 あ、ただし、字面では「シーケンス、シーケンサー」って書いたけど、発音は「スィークエンス」、「スィークエンサー」ね。

ちなみに、今回のホテル&会場は、もともと修道院を改装して作られたもので、初日にライブを行った会場は礼拝堂らしい。
160831_IMG_1926.jpg


こちらが当時の写真。
160831_IMG_1999.jpg

写真のパイプオルガンは、今も残されている
160831_IMG_2000.jpg



物価はあまり日本と変わらないが、ビールと水はほぼ同じ値段。
ガソリンは少し高くて、レギュラーが1リットル1.5ユーロちょい。

イベントの仕切りは大雑把だったけど、その他の仕事は丁寧だったり、「この国は〜」と一言で言い表せる国ではないね。
21歳のエリート大学生が
「酒やタバコよりも、マリワナの方が健康に良いですよ。試してみます?」
などと真顔で語る、一言で言えばそんな国かな。(どんな国だよ!)

「また行きたいか?」と聞かれたら、答えはYESである。

コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
copyright © 2005 新・供述調書 all rights reserved.
Powered by FC2ブログ. | Template by Gpapa.