新・供述調書
つれづれなるままに綴られる・・・

夕暮れが近づいてくる

私の人生の〜♪

都倉俊一さんの話

今朝の産経新聞デジタル6面、ピンク・レディーなどの作曲で知られる都倉俊一さんのコラムを読んだ。
タイトルは「ピンク・レディーが日本人の音楽体験を変えた」
曰く

「日本人の音楽に対する接し方と言うのは”詩(うた)”を聞く。つまり、言葉から入る。それを補強するために”節”をつける。つまりあくまでメロディは”従”の立場であった。それが1970年代のポップスの時代になり、音楽の要素が強くなってくる。
自分で作曲しておいてなんだが、ピンク・レディーの音楽に接した若者、子供たちは、少し大げさに言えば、日本人が初めて音楽をリズムで感じ、体で表す事を覚えた新世代なのである。もうこの世代も40〜50代になっているであろうが、この感覚は一生抜けないものである。」

なるほど、”詩”に節をつけた代表が演歌だとしたら、確かにピンク・レディーなどは後者の代表格だ。
その時代に何歳で、どんな環境におかれてたかで、はっきり世代が分かれる気がする。
あまり音楽を聞かずに育ったワタシだが、さすがにピンク・レディーは避けて通れなかった。小4かそこらだっただろうか。
言われてみれば、あのリズム、ダンス、そしてメロディと歌詞には、かなり影響を受けているのだろう。
ま、リズム、という意味では小1のときに聞いたフィンガー5なんかが、自分にとっては最初の経験だったかもしれない。前にも書いたかもしれないが、「ブルーノート」というスケールも彼らに教わった気がする。

「ジャクソン5」という元ネタがあった事を知るのは、もっとずっと後の話だ。



どうでもいいけど、この「透明人間」のベースの人、ミスってるし(・∀・)

コメント
この記事へのコメント
ピンクレディー懐かしい〜真似してましたよ。5歳ぐらいです〜幼稚園に行ってました。
同じ頃、沢田研二さんの勝手にしやがれが流行り幼稚園で帽子を投げて遊んでいた記憶があります。(帽子は投げちゃいけませんって速攻禁止令がでたのも憶えてますね(^_^;)〜これらが私のルーツでしょうか〜

透明人間のベースが間違ってるって流石ですねー それって〜ウソを言っては困ります〜のとこですか?
2015/12/12 (土) 09:02:06 | URL | シャティグレ #-[ 編集]
>シャティグレさん
ご名答!!生バンドはつらいよw

そういえばオレも帽子投げたな〜…
2015/12/12 (土) 21:21:51 | URL | ryo #-[ 編集]
〉ryoさん
当たり?嬉しいー( *'w')b
2015/12/13 (日) 07:11:06 | URL | シャティグレ #-[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
copyright © 2005 新・供述調書 all rights reserved.
Powered by FC2ブログ. | Template by Gpapa.