新・供述調書
つれづれなるままに綴られる・・・

夕暮れが近づいてくる

私の人生の〜♪

バッハと暴れん坊
ちょいとまたクラシック関係の仕事をする事になり、色々と調べてたら、また余計な方へと脱線してしまった。
ヨハン・セバスチャンな方のバッハ、つまり大バッハこと一番有名なバッハは、1685年生まれ。
ん?と思って調べると、これは暴れん坊将軍こと徳川吉宗が生まれた翌年ではないか。つまり吉宗が1コ上の先輩という事になる。
これは!と思い、二人の足跡を年表で辿ってみると…
1705年、吉宗が紀州藩主になった頃、バッハはあの「小フーガト短調」や「トッカータとフーガ」(チャラリ〜鼻から牛乳〜♪の元曲ね)を作曲。どちらも20歳そこそこだ。
1716年、吉宗が第八代征夷大将軍となった頃、バッハは「G線上のアリア」や「二つのバイオリンのための協奏曲ニ短調」などを作曲。この時どちらも30歳そこそこ。
享保の改革でガシガシ言わせてた頃、ドイツでは「主よ、人の望みの喜びよ」などが大ヒット!(ちなみにヴィヴァルディの「四季」が大ヒットしていたのもこの時期)
そして、バッハが亡くなったのは1750年。この翌年に暴れん坊も亡くなっている。
海の向こうとこちらを並べてみると、面白いやね〜♪
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ちなみにバッハとはドイツ語で「小川」の事を指すらしい。
って事で「小川セバスチャソ」という日本名を授けよう(・∀・)
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