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新・供述調書
つれづれなるままに綴られる・・・

夕暮れが近づいてくる

私の人生の〜♪

祝☆開場!!
散々揉めた豊洲市場が、ようやく今日、開場した。
火事がどうとか渋滞がどうとか、マスコミは面白がって騒いでるけど、ま、とりあえず無事に1日終わったみたいでよかったよかった。
これから我々地元民の生活にどのような影響を与えるかはわからないが、今の所別に何も変わりない。
特に変わりはないが、一応地元の大きな出来事として記しておこう。
個人的には、仲卸業者ってのは必要なんだろうか?と疑問に思わんこともないが、ま、必要な人には必要なのだろう。

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一方で、築地市場は今日からもう解体工事が始まったらしい。
今日思い出したけど、うちから新橋の病院にチャリで通うのに、ショートカット として使わせていただいていたなー
お台場の観覧車
一時期は、その存続すら危ぶまれたお台場の観覧車だが、気がついたらイルミネーションがリニューアルされていた。
たまたま信号待ちで動画を撮ることができたけど、バリエーションはもっとたくさんあって、別な日に見た時はエイが泳いでいた。


謎のタイヤ痕
レインボーブリッジの芝浦方面行きぐるぐる部分に、このようなスリップ痕があって、ちょっと気になっている。
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拡大
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ダブルタイヤってことは、トラックの後輪ってことだよね?
それが、カーブ外側のフェンスに向かって一直線。縁石に乗り上げた痕がある。
んでは、トラック前部はどうなったのだろう・・・
後ろのコンテナだけが横滑りしてったってことかな〜?
キーキー
中央区の月島・佃と湊・明石町をつなぐ佃大橋。(橋の南東が佃、南西が月島、北東が湊、北西が明石町なのです)
かつて、東京マラソンのコースであり、30km過ぎてからのあの上り坂は、壁に見えたもんだった。
その旧東京マラソンのコース通り、明石町側から月島方面にチャリでアプローチする場合、車道は走行禁止。左側の歩道(湊から佃)は階段しかないため、右側の歩道一択となる。
その歩道の最後、下りのスロープが2つある。
一つは、車道を一緒にまっすぐ下りていくコース。そしてもう一つは、隅田川を越えてすぐ、らせん状に下りていくコース。
そのらせんコースの途中にある看板がこれ。
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よく「歩道橋は自転車押して歩いてね」みたいなお願いの看板を見かけるが、これは説得力があるというか、しかしキーキー言わないチャリだったら走行してもいいのか・・・
とにかく、脱力系で、最近はこれ見たさにわざわざらせんコースを通ることがよくある。

勝どきの憂鬱・その1

ノースアップの地図で見ると、東京都中央区の左下あたりにある、勝どきという街。
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晴海通りが南北を走り、北側にはあの勝鬨橋、南にはかつてモーターショーなどが行われていた街・晴海、東にはもんじゃの街・月島、西は豊海という倉庫街と、その先の海を挟んでレインボーブリッジが望める。
鉄道的な見地から言えば、2000年に都営大江戸線が開通するまでは、陸の孤島と言われていたこの地域。
しかし、都営バス路線は昔も今も、そこそこ充実している。
オレの地元からは、チャリで15分かからない距離で、記憶が確かなら、ほんの10年ほど前までは、隣の月島や築地と同じ「ザ・下町」であった。
古い木造の家屋、商店が立ち並び、その裏には「路地」というのにふさわしい小道が所々にあった。
当時から埋立地住まいだったオレにとっては、ほっこりとした情緒を感じられるこのような街が近所にあり、とても癒されていたものだった。
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それが、時を追うごとに、どんどんヤバい街に変わりつつあり、それは現在も進行形である。
では、一体どのようにヤバいのか?
ってのをちょいと書こうと思ったが、頭の中でまとめているうちに、本を一冊書けるぐらいの要素が溢れ出してきたので、何回かに分けて呟こうと思う。

まず、歴史としては、明治時代に埋め立てられた土地(結局埋立地じゃんw)で、当時は現在の月島に当たるb部分と合わせ、月島と呼ばれていた。
人工的に作られた街だけあって、前述の「晴海通り」が南北に、そして西仲通りや東仲通りなどが東西に走り、まさに碁盤の目なのは現在も同じである。
昭和15年に勝鬨橋が完成するまでは、江戸の離れ小島で、ここに渡るには「勝鬨の渡し」という船が唯一の手段だったらしい。
その後、昭和の中頃〜終わりに町名が変更になり、なぜか晴海通りではなく、その少し東にある運河で、月島と別れ「勝どき」という町名に改められた。
なので「勝どき」という街自体は、同じ中央区の日本橋地区の街々に比べれば、歴史は浅いのだが、それでも空襲で焼け残った多くの建物は、かなりの風格を保っていた。

そんな平和な下町に、いよいよ地下鉄が通るってえからさあ大変!
まじヤバイです、勝どき。
続きはまた。
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