新・供述調書
つれづれなるままに綴られる・・・

夕暮れが近づいてくる

私の人生の〜♪

行列のできるクリーニング店

うちのマンションには、クリーニングサービスがあり、ブツの受け渡しを、マンション内にある所定のロッカーで行う。
ところが、同様のサービスを、街中で行っている(らしい)クリーニング店を、門前仲町で発見した。

店の横に、ダイヤル式のロッカーがあり
180502_IMG_8299.jpg



お客様の名前が記されている。
180502_IMG_8298.jpg



おそらく、それぞれ暗証番号が割り当てられ、連絡時に知らされるのだろう。
基本、クリーニング関係はカミさんに任せていて、自分で行くことはないのだが、近所で長い行列を作っているクリーニング店を見かける。
このシステムは有効なのではないだろうか。
ってか、普通にどこでもやってるものなの?
勝どきの憂鬱・その3

駅開業から街自体の再開発もぼちぼち始まり、気がついたら木造家屋は姿を消し、商業ビルや高層マンションがやたら増えた。
2006年あたりから3年間ぐらいでの話である。
裏路地なども消え、よく言えばとても整備された綺麗な街が仕上がってきている。
では、その木造家屋に住んでいた人たちはどうなったのか?

実はこのあたりのタワーマンション、あまり似つかわしくない(失礼)お年寄りがたくさん住んでいるのである。
予想だが、以前この辺りに住んでいた、俗にいう「地権者」という方々だと思われ、豪華なエントランスから現れては、近くの公園で日向ぼっこなどしたりしているのを見かける。
そんな人たちが、この町の変化のスピードについて行けてるとは思えないんだよね〜

で、晴海通りの左側(西側)に、2008年以降に建てたれたタワマンだが、ざっと思い出せるだけでも

2008年 THE TOKYO TOWERS SEA TOWER & MID TOWER(58階建て、合わせて2,794戸)
2009年 ベイシティ・スカイリンクタワー(UR・49階建て、367戸)
2010年勝どきビュータワー(52階建て、712戸)
2015年ドゥ・トゥール EAST & WEST(52階建て、1,450戸)
2016年 KACHIDOKI THE TOWER(53階建て、1,420戸)


(ちなみに「ベイサイドタワー晴海」という、33階建352戸のタワマンがあるのだが、2015年に竣工したのに、未だ誰一人入居していないという謎の物件なのだ。ま、それについては機会があったらまた。)

なんと、オレが把握しているだけでも、8年で7,000世帯近くも住民が増えていることになるのだ。
ま、実はドゥ・トゥール(「ドトール」と呼ぶと怒る人は住民)などは、まだ完売してはいないんだけどね。
当然、晴海通りの東側にも、勝どき駅利用者はいるわけで、ただでさえ飽和状態なのに、これからオリンピックに向けて、選手村などを含むタワマンがまだまだ10棟近く計画されているらしい。
ビジュアルイメージにすると、こんな感じである。
40211969362_c7d2e0c7d6_o.jpg

こりゃもうね、勝どき駅パンクでしょ?

まじヤバイです。勝どき。
勝どきの憂鬱・その2

お隣の月島、佃島あたりは、一足先に東京メトロ有楽町線が開通した関係で、早くから再開発が進められてた。
特に佃島は、三井不動産が島ごと買い取って、タワーマンション街を展開。
それにつられるように、月島にもタワマンが林立した。
その横で、まだ粘り強く下町情緒を保ち続けていたのが、この勝どきだった。ほんの10年ちょい前までは。

当時こんな感じだった交差点が
180223-01.jpg


今はこう
180223-03.jpg


都営地下鉄大江戸線が通ることになって、まずは南側(晴海)に「トリトンスクエア」という、巨大オフィスビル群が作られた。
竣工したのは2001年。大江戸線・勝どき駅が開業した翌年である。
200m級のオフィスビルが4棟並び、住商関連をはじめとする、多くの企業が入居しており、飲食などの店舗数も60を超えると言われる。

その関係で、勝どき駅からここに通勤する人の数は年々増える一方で、オレは見たことないんだけど、朝のピーク時、駅からトリトンへ行進する人の群れに混じると、雨の日に傘をささなくても濡れないと、当時トリトン勤めだった友人が真顔で言っていた。

そんなこともあり、駅から南に向かう歩道には、センターラインが引かれ、南北それぞれの方向に向かう人を交通整理するシステムのようだ。
チャリ?車道を走ってくれ!ってなもんだろう。
(いや、よく見ると、本来は歩行者と自転車を分ける意味のようだ)

現在は、オフ・ピークやフレックス通勤が導入されているのか、それほど厳しいという話はあまり聞かなくなったが、それでも勝どき駅の乗降客は、開業当時に3倍ほどに増えている。
ま、これには通勤客以外に、勝どき住民が増えたという要素もあるのだが、それはまた後日。
そんなわけで、地下鉄の出口階段なんかも増設されたが、それでも駅としてのキャパシティがヤバいだろうということで、2010年ぐらいからはプラットホームの新設なども計画され、その工事は現在も続いている。
おかげで地上では、晴海通り、清澄通りの車線がふさがれたりしており、渋滞はするし、チャリでも非常に走るづらい状態が長いこと続いている。

まじヤバイです。勝どき。(続く)
我善坊谷
「ガゼンボウダニ」と読みます。
チャリで徘徊していて、偶然見つけた場所。
車で通ることはまずないだろうし、用事がないと徒歩でもまず来ることはなかっただろう。
場所は、ざっくり言うと六本木と東京タワーの間ぐらいだから、立地としては都心のど真ん中。
住所も港区麻布台から虎ノ門というエリアなんだけど、ここにとんでもない崖と坂があるのだ。(すり鉢地形とも言われる)
そして、崖の上は森ビルの超高層マンションが建ってたりと、ザ・港区なんだけど、崖の下は別世界が広がっている。
ま、そのへんは多くの旅人ブロガーが、詳細に紹介してくれているので、そちらを読んでいただければと。
今度、時間があるときに、またじっくり訪れてみたいと思う。

180204.jpg
外苑東通り2018
先日、あるレコーディングの現場に向かうため、青山一丁目から早稲田に向かい、いわゆる外苑東通りを車で走行していた。
この通りといえば、A-JARIの時に、レコーディングやら取材やら、テレビやらラジオやらでよく通ったな〜
あの頃はバブルのためか渋滞も激しくて…なんて話を思い出して書こうと思っていたら、すでに2010年に書いてたよ(・∀・)

  ↓
外苑東通り

その後8年経つが、道路拡張のための用地買収がまだ済んでいないらしく、河和田町あたりから北は未だ片道1車線。
しかし、あのバブルの頃のようなひどい渋滞は無いようだ。
あの頃あったフジテレビはお台場に行っちゃったが、あの頃六本木にあった防衛庁はこちらに来ている。
当時は、早稲田方面から青山方面に「出勤」してたが、今は仕事しに行くとしたら、その逆。
青山方面は帰り道になってしまった。
そして、その先にはあの東芝EMI「ルビービル」も、当時所属していたプロダクションももうない。
時代は移ろって行くのだな〜、などとしみじみ。

180126_IMG_6212.jpg





copyright © 2005 新・供述調書 all rights reserved.
Powered by FC2ブログ. | Template by Gpapa.